のんちゃんの介護日記

パーキンソン病の夫と90代の姑と三人暮らし。二人共要介護で色んなことが起こる日常ですが、色々な方たちの協力や助言のお陰で頑張ってます(^o^)

夫の涙( ;∀;)。。

この時期になるとあっという間に
年末だね~という会話とともに
思わぬお知らせも舞い込みます。

今日届いた夫への喪中はがき。。。

お会いしたことがないのですが、
夫の同級生でした。。。

はがきの内容を見るなり夫が
『あれ?〇〇だよ、、亡くなったよ』と
義母に話しかけました。

そして私にも
『同級生なんだ。仲良かったんだ。。』

義母も『え?』
リハビリのデイサービスで疲れて
ぐっすり寝てた義母も飛び起きました。

どうやら家族ぐるみでの知り合いらしい。

夫の実家は牡鹿半島の小さな漁師町です。
殆どの家のお父さんが漁師で船に乗ると
暫く帰ってこない日が続き、家の中を
お母さんが守ります。

なので近所の結束がつよく、どこの子も
自分の子のようにご飯を食べさせ、
しかり、地域で子供を育てる感じでした。

よく聞く昔の風景ですね。。

亡くなった方も小さい頃は
毎日のように遊んで育った仲間だったらしく、
またお義母さんも自分の息子の同級生が、、

二人共亡くなった方と、残されたで
あろうお母さんの顔が浮かんだのか
しばらく話し込んでいました。

そしてお香典を送るにも
一度電話してみるか
どうかと散々迷ったあげく
電話してみることに。。

最初夫が電話をかけて、
先方と話したあと、義母に変わりました。

はがきの差出人が奥様だったため、
お母さんはどうなのか?
心配の様子でしたが、
でたのがお母さんだったらしく
亡くなったご様子を伺っていました。

突然倒れたようでした。。

ただ今年の年賀ハガキに
とっても揺れていてやっと書いたかのような字で
あて名が書かれていたので、もしかして
体が?とは夫も感じていたみたいです。

予兆はあったのかもしれません。

私は二人のやり取りを少し離れた所から
見ていたのですが、義母に電話を替わるなり、
夫が鼻をすすり始めました。

余り涙を見せない夫でしたが、、
義母が先方のお母さんと久しぶりに
話し込んでいるのを聞きながら
ずっと涙が止まらないらしく
何回もめがねをはずし、必死に
拭っていました。

余程ティッシュを渡そうかと思いましたが
そのまま遠くから見守ることに。。

電話が終わり、二人で話した後
夫がゴソゴソと探し物をはじめ
『明日おくるからこれ書いて』と
香典の袋を渡してくるまでは
声をかけませんでした。

余程心の中の思い出を
もっていかれたのだと思います。
その後も
二人共黙って考え込んでます。。

昔の事は一切しらない嫁が
できること。。

いつもどおりに
温かいごはんを出すことかな?
(^-^)。